久しぶりにブログを投稿しました。SNS全盛期の時代に、誰に見られているかわからないがブログを書くという、一つ回って原始的な行為は精神衛生を保つために正しい心のあり方を鏡のように映してくれる装置のようにも思えます。
さて、今週の土曜日には普段から教えている美大受験予備校の講師紹介があるので、それに向けて準備を進めなければならない。去年までの2年間はそのためにスライドを準備したが、今年はこのウェブサイトとSNSのみで紹介することにしました。ウェブサイトが2年かけて最近になって、ようやく洗練されてきたので、プレゼン資料の代わりに見せられるんじゃないかという思いから…
学生時代に制作した立体作品は良かったなあと思う。なんで、それが良かったのかは時間がある程度経ってからわかった。それは、旅をしていたということ。それも未知の旅。未知なる世界へ飛び出す勇気と好奇心と探究心と新鮮さ。その心が大切なんだと。最近の自分は今の与えられた環境の中で循環して、制作においては腐ってきていると感じられた。今日、同じ予備校の講師陣にも似たような話をした。新しい空気を吸って、新しい養分がないと、培われない何かがある。体力・知力・感覚。そのどれもが揃って初めて、旅をし制作するんだと。
自分にとっての作品とは、ゆらりと揺れている外界の広い自然の中に一人身をおいて、それでもなお作ってしまうようなもの。それと同時にその時に関心のあることの研究成果でもある。それも、文章にできないからこそ作る意味がある研究成果そのもの。たとえば、一つの作品群を作ったとしてずっとそれを作り続けることは、論文を書いたとしてずっとその論文の内容をあの手この手を尽くして再生産するようなものである。そう考えると、また新しい作品を制作するというのは、別な論文を書くことに等しいと思う。論文というのはあくまでも例えだが、一つの論文を書くには膨大な知識と新たな経験が必要である。作品も同じで、同じ環境にいれば同じものを再生産しているにほかならないんじゃないか。
だから、自分は旅に出たい。そして、旅に出る。その計画を今している。もうすでに飛行機も取ったのだから、後戻りはできない。