流れていた時間が再び流れ始めたと思うこの頃。それは東京で活動をしていた頃を振り返る余裕ができたからです。そして、生まれ育ったこの土地で新たに声を掛けてくださる温かい心に触れて今までを振り返る自分自身の心を取り戻しました。
今は秋になり、季節の妖気が漂い、4年前までの武蔵野美術大学の大学院での学生生活をしていた東京の頃の、あの工房の香りや支えてくれた人々の温かさ、その反対に世の中のシビアさや住んでいた場所の無機質さ。学食の味や、その時に眺めた鷹の台ホールから見える秋の紅葉しかけた木々とその擬似的な自然。その時見ていた未来に対する眼差しと 未来に対する名もない感情を思い出します。
芸術を突き詰めようとする意気込み、それを周りの環境から無意識にもできていたこと。それは豊かな環境だったからできたことなんだと思います。テーマに対する研究生活と様々な類の展覧会やイベントの参加。人の波、アートを取り巻く渦の中でもがいたこと。それは芸術とは遠回りと言うほどに違うもの。だけれども、自分の成長にとって必要だったと後になってわかることになるような出来事だったのではないかと振り返っています。そのなかでも、民藝と民俗に憧れて旅したあの頃は1番自分が全身全霊で突き動かされていた密度の濃い日々と思い出します。
近づいて去った人、去った自分。近づいてきたこと、近づけたこと。その数多の関係の結び目にある自分は何者かわからなくなった気がしたあの頃の気持ち。昔、半地下のクラブでイベントに参加させていただいた後に久しぶりに行ったその店で言われた、あなたはアーティストだからという言葉がずしんと心に重く響いて、それが実感できなかった当時の自分に対して、今の自分は自覚できるようになれた。それが大きな進化なのではないかとすら思います。
振り返れば東京で6年間見たあの景色はその後、3年間は思い出せなかった。あの時、まっさらな心に入り込んだ新鮮な空気は、それが透明ではなかったことも知りませんでした。なんでも吸収して、後になって複雑に絡まった糸を解いていくように、一つ一つを消化させ今の芸術活動に至っています。これからも、よろしくお願いいたします。
9月17日 | 大越智哉



1枚目の写真
DESIGNART TOKYO 2023
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SICF23 受賞者展
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2024年8月、奥多摩から